品川丸嘉講社

富士講は江戸時代に興り、とても流行した民衆宗教でしたが近代にかけて衰退していきます

現在では多くの富士講が廃講、もしくは講の名前は残っているものの講員がいない状態にあるようです

品川丸嘉講社は講員数が少ないながらも現在でも活動を続ける数少ない現役の富士講です

また、品川丸嘉講社は品川区指定、無形民俗文化財第一号「品川神社富士塚山開き行事」の実施団体でもあります


品川神社にある品川富士の山腹の築造記念碑の銘文には、「講中三百余人」とあり、
また品川区発行の調査資料の冊子によると

との記載から当時の品川丸嘉講社は大変大規模な講社であったことが窺えますが、やがて品川丸嘉講社の講員数は減少の一途を辿ります

品川丸嘉講社の講員減少がいつ頃始まり、
どのような経緯を辿ったかは文献も無く知りうる古参の講員の方々も既に退講されているため知りようがありませんが

それでもこの講社が今まで続いてきたのは、ひとつの一族とその友人知人が講を継承してきたことで
富士講の行事というより定期的な親戚の寄り合いのような親睦を深める機会になっていたこと、
また、講員の多くが品川で生まれ育った人々で、品川の人間の文化伝統を守ろうとする気質にあるような気がします


品川丸嘉講社は、
これから復興を遂げて講員数は増え継承していくのに盤石な体制なっていくかもしれません

逆に更に衰退し廃講のときを迎えるかもしれません
将来は見えていませんが私たちは、
品川神社富士塚山開き行事で、冬至拝みで、日本三大奇祭の吉田の火祭りで、今も拝んでいます